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※写真は坂上田村麻呂

『征夷大将軍』
日本史の本をとかを読んでいればよくきくこの言葉
でも征夷大将軍って具体的になんなのっていう人は少なくないではないでしょうか?

今回は征夷大将軍についてまとめていきます。

征夷大将軍の役割


時代は平安時代まで遡ります。征夷大将軍は本来は蝦夷(ヤマト政権に服属していなかった東国の部族)討伐の指揮官として任命された役職のひとつであり、当初は征東大将軍といわれていた。征東大将軍は太平洋側から進軍した軍の指揮官を指し、対して日本海側から進軍した方は『征狄大将軍』と言われた。

この征夷大将軍には"大伴弟麻呂(791年任命)"や"坂上田村麻呂(792年任命)"らが就いた。
当初の征夷大将軍は長くは続かず、811年の最後の任務をもって廃止になる。

役割の変化



その後、940年に藤原忠文、1184年に源義仲に再び征夷大将軍が任命された。前述のとおり当初は蝦夷の討伐が目的の任命される役職でありが、藤原は平将門討伐、源は源頼朝討伐を目的にそれぞれ任命された。このように征夷大将軍は当初の目的から変わってきている。


源頼朝と征夷大将軍


1192年に源頼朝が征夷大将軍に就任する。源義仲の征夷大将軍就任時の討伐対象者が就任することになるとは皮肉な話ですね。

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頼朝の征夷大将軍就任の背景にもいろいろあり、当初はその2年前に頼朝は右大将に任命されていた。
公卿身分にはなったものの、役職の性格上、京都にいることが求められており、東国の武士団の棟梁の頼朝には不都合なたため、頼朝は就任間もなく辞任している。

そこで頼朝は征夷大将軍に目をつける。元々は蝦夷討伐のための職ではあったが、軍政権も持つことができ、天皇からの任命された職であることは頼朝にとって都合がよく、征夷大将軍を求めた。
頼朝就任後は征夷大将軍は武家の棟梁して最高権威としての地位を示すものになる。


その後の室町幕府では足利氏、江戸幕府では徳川氏も征夷大将軍に就任している。

まとめ


征夷大将軍は元々は蝦夷の討伐に対しての臨時的な役割の一つにすぎなかった。
本来を目的としての機能を終えたものの、再び、討伐対象を変え復活することになる。
一度はその討伐対象になった源頼朝が征夷大将軍の性質を利用し就任。就任後は、武家の棟梁格として役割に変化し、幕末まで武士の最高権威として地位が示されることになる。

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足利義満


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徳川家康

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徳川慶喜
※最後の将軍にして最後の征夷大将軍になる。




参考文献