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  少し前のニュースですが、新撰組の斎藤一に関する新史料が公開されました。
  この史料によって謎が多かった明治維新後の動向が明らかになっています。 
    以下、日本経済新聞より引用



 "西南戦争で右肋骨に銃撃を受け、警視庁では中間管理職の警察官-。幕末に活動した新選組の生き残りとして知られながら、史料が少なく、謎が多いとされる斎藤一の明治維新後の従軍歴などが5日、国立公文書館が所蔵する明治時代の恩給関係の文書で明らかになった。歴史研究家のあさくらゆうさん(46)が公開請求した。 "
※引用元:日本経済新聞(http://www.sankei.com/west/news/150905/wst1509050051-n1.html


今回、謎を解くカギとなったのは退職公務員の恩給請求書がまとめてある『明治廿六年官吏進退恩給二』内の文官恩給の部という史料でした。
恩給というのは公務員が退職あるいは死亡したときに退職なら本人、死亡なら遺族が安定した生活を送れるためにお金を支給する制度で、現在で言う年金のようなものです。

斎藤もこの恩給を1893(明治26年)1月19日付けで警視総監宛で請求しております。
※ちなみにこのときの警視総監は元薩摩藩士の園田安賢
この申請の中で斎藤の直筆と思われる『西南之役従軍履歴』という史料が見つかり、西南戦争および維新後での斎藤の動きが次のように記録されていました。

判明した内容をざっくりいうと

・西南戦争での従軍記録
・警視庁時代の略歴、月給
・妻トキヲとの結婚に関する内容

内務卿時代(西南戦争従軍)

1877年2月20日 内務省警視局 警部補
        5月17日 西南戦争へ従軍
      5月21日 大分へ到着
      7月12日 大分で負傷(部隊より離脱)
      8月15日 部隊復帰
    10月24日 臼杵で乗船(帰京)
1879年10月 8日 勲七等を与えられる

ちなみに漫画で有名な『るろうに剣心』では1877-78年が部隊となっております。
本編には斎藤も登場しております。西南戦争帰りなのに、いろいろご苦労様です笑
関連:るろうに剣心の時代をみてみる@歴史もの

警視庁時代(内務省警視局廃止後)

1881年11月11日 巡査部長
1885年 7月  3日 警部補 
1888年11月 1日 警部
1892年12月14日 退職       

このとおり、順調?に出世をして警部にまでなりましたが、48歳で警視庁を退職してしまいます。
退職に際して「官ノ都合ニ依リ諭旨」となっており諭旨退職いわゆるリストラされたってことですかね?

晩年の写真


▼後列中央 (1913.9.28撮影※東京赤坂にて)









 
なお、斎藤の死後、妻のトキヲが遺族年金を申請したときの書類にも内務省、警視庁時代のことが記されていたそうです。
ちなみに、トキヲとの結婚した日も判明し、1874年3月17日に結婚したそうです。
今回、史料の公開請求を行った歴史研究家の あさくらゆうさん主宰の歴史企画研究で、この一連の出来事について詳細がでていますんでぜひご参照ください。